東京高等裁判所 昭和26年(て)27号 決定
右被告事件の記録を精査し、更に本件について行われた当裁判所の事実の取調における申立人本人、関係人足立達夫、同坂下為吉、同鈴木信雄及び同平井広吉の各供述調書の記載を総合して考量するときは、申立人が第一審の保釈決定で定められた住居の制限を知らなかつたとの点を除いて、右被告事件の訴訟経過は、申立人の前記主張のとおりであり、かつ、申立人が、右保釈決定の執行により釈放されてから現在に至るまで、勾留される前に住んでいた静岡市秋山新田官有無番地の住居に復帰して、そこに居住していることが認められる。(右被告事件の記録によれば、申立人は、該事件の犯行当時から該事件により逮捕されるまで、不良の徒輩と交わつて所々を転々していたことが認められ、頼るべき近親者とみるべき者の氏名も顕われず、右期間中の申立人の所在は、右記録上はこれを明確にすることができなかつたものである。)
そこで、まず、右保釈決定の制限住居がいかにして所論の場所に指定されたかについて検討すると、右被告事件の記録によれば、右制限住居なる静岡市籠上新田百二十五番地は、該事件の第一審弁護人足立達夫が右保釈の申請をした際、第一審裁判所に差し出された身柄引受書と題する書面の名義人たる司法保護委員大石常一の住所と同所同番地にあることが認められるけれども、本件の事実の取調における関係人大石常一及び同足立達夫の各供述調書の記載によれば、右大石常一は、当時、右制限住居と同所同番地にある保護少年収容施設たる「春風寮」に起居して収容少年の保護に尽していた者であるが、右保釈の申請の際、弁護人足立達夫からその使者を通じ、第一審裁判所に宛てた大石常一名義の身柄引受書の交付方を依頼されてこれを承諾し、すでに文面の完成した前記身柄引受書と題する書面の自己の記名下に押印して、これを右使者に交付し、該書面は、同弁護人から第一審裁判所に提出されたが、右「春風寮」には、当時すでに成年者であつた申立人を収容することはできないので、右大石常一においても、もとより申立人を同所に収容して親しくその指導監督を行う意思はなく、その場所が右保釈決定の制限住居と定められることについても、あらかじめその承諾を求められたことがなかつたことが認められるのであつて、そのほかには、右被告事件の記録上はもとより、本件の事実の取調の結果によるも、かかる制限住居の指定に関する経緯を詳かにすることができないのである。
ところで、右被告事件の控訴審裁判所は、右第一審の保釈決定に指定された制限住居に宛てて、申立人に対する公判期日の召喚状を郵便により発送したが、静岡郵便局集配員は、該場所に存する前記「春風寮」において申立人の所在を尋ねたほか、申立人の所在について調査を尽した末、受取人が尋ね当たらないとの理由によりこれを同裁判所に返送したので、同裁判所は、申立人の住居及び現在地が知れないものとして、その後、所論のとおり、公示送達の手続により召喚状の送達を行い、申立人不出頭のまま、申立人に対する審理及び判決をしたものであることは、右被告事件の記録に編綴された返戻郵便物及びこれに貼付された符箋二葉並びに該記録中その他の控訴審関係部分によつて明らかであつて、これがため、申立人が右控訴審の裁判に気付かず、その判決に対する上告の提起期間内にその申立をすることができなかつたことは、本件の事実の取調における申立人本人の供述調書の記載によつて認められるところである。
よつて、はたして、申立人がその主張するように右保釈決定に定められた住居の制限を知らなかつたものか否かについて審案すると、右被告事件の記録を調査しても、また、本件の事実の取調の結果によつても、該事件の被告人たる申立人が第一審裁判所から右保釈決定の謄本を送達された形跡は認められないばかりでなく、右保釈決定のなされた時から控訴審の判決に対する上告提起期間の満了に至るまでの間に、申立人が該決定の内容を閲覧し、又は第一審の弁護人足立達夫その他からこれを告知されたと認められる証左もないから、申立人が該期間中にかかる住居の制限を知つていたとは認められないのである。
従つて、申立人が、釈放された後、保釈決定の制限住居以外の場所に居住していることは前記のとおりであり、しかも、その後、右制限住居の変更を求める何らの手続もとられていないことは、右被告事件の記録上明らかであるけれども、この点については、もとより、申立人の責に帰することはできないところであつて、しかも、右保釈決定は、第一審の判決後、控訴の申立後においてなされたものであることは、さきに判断したところであるが、右被告事件の第二審には、弁護人が選任されていないことは、該事件の記録上明らかであるばかりでなく、他に旧刑事訴訟法第三百八十七条所定の代人と目すべきものがなかつたことも、該記録及び本件の事実の取調の結果によつて明らかなところであるから、申立人の代人において、その責を負うべき場合でもないと解しなければならない。(該事件の第一審においては、弁護士足立達夫だけが申立人の弁護人に選任されていることは、該事件の記録上明らかであるが、本件の事実の取調における関係人足立達夫の供述調書の記載によれば、右第一審弁護人足立達夫は、前記保釈決定がなされた際、第一審裁判所から該決定の謄本を受領し、保証金納付の手続をとつて、申立人の釈放に尽したことは認められるが、前記のように、申立人が、釈放後、保釈決定の制限住居以外の場所に居住し、しかも、制限住居の変更を求める何らの手続もとられていないことについては、同弁護人の右保釈の際における申立人への連絡の程度及び保釈後の措置について、やや遺憾の点が感ぜられないでもないが、およそ、保釈された被告人が裁判所から保釈決定謄本の送達を受けることは、通常予想されるところであるから、同弁護人において、申立人に対し、特に保釈決定書掲記の制限住居を告知しなければならないわけではなく、しかも、前記のように、右保釈決定は、第一審の判決後、控訴の申立後においてなされたものであるが、右被告事件の記録によれば、同弁護人は、第二審の弁護人には選任されていないことが明らかであるから、同弁護人に、職務上の過怠の責があるものとすることのできないことは、いうまでもないところである。)されば、申立人が、前記のように、控訴審判決に対する上告の申立をすることができなかつたのは、申立人又はその代人の責に帰することができない事由によるものといわなければならない。そして、申立人が、右被告事件の控訴審における訴訟経過を知つた時から上告の提起期間に相当する期間内に、右控訴審の判決に対する本件上訴権回復の請求とともに、これに対する上告の申立をしたものであることは、本件記録上明らかなところであるから、申立人の本件上訴権回復の請求は、これを許すべきものである。